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HIGASHI Daisaku

2025年6月20日:イスラエルがイランを攻撃した大義「先制攻撃」、「体制転覆」とそのリスク

現地時間2025年6月12日、イスラエルはイランへのミサイル攻撃を開始した。

戦争において、どちらが先に始めたかは極めて重い意味を持つ。今回はイスラエル政府自身、これを「イランの脅威を封じるための先制攻撃」と認めている。

実はイスラエルのネタニヤフ首相は、十年以上前から「イランは核兵器を持つに違いない」と主張し、イランの核施設への軍事攻撃の必要性を訴えてきた。

ではなぜ、今、ネタニヤフ政権はイランへの攻撃に踏み切ったのか。今日は、イスラエル政府が次第に「核施設への攻撃」だけではなく、「体制転覆を目指すために先制攻撃に踏み切った」と明言して始めていることの意味や、それが世界全体に与えるリスクについて考えたい。

「予防攻撃」と世界に与える影響

第二次世界大戦後の世界では、国際法上、ある国が、他国に軍事攻撃をすることが認められているのは、二つだけである。一つは、「自衛(Self-Defense)」のための軍事行動であり、もう一つは、「国連安保理が決議を採択して、軍事行動を容認した」場合である。

今回は、もちろん安保理が容認しているわけではない。問題は自衛の戦争をどこまで認めるかである。「実際に他国から侵略や攻撃を受けた場合」は、もちろん自衛権は発動できる。これは個人間でも同じである。

微妙なのは、「他国からの攻撃の脅威に直ちに(Imminent)に直面している場合」、これを阻止するための攻撃を「Preemptive attack」 として自衛権の範囲内で認める考え方が、一定程度、定説になっていることだ。例えば、北朝鮮がミサイル装置に発火したことを衛星画像などで確定した場合は、実際にまだ攻撃されていなくても、そのミサイル基地を先制攻撃することは、Preemptive Attack として自衛権の範囲内で認めるべきではないか、という議論である。日本政府も現在、その立場を取っていると考えられる。

ただ、まだ相手が自国を攻撃する兆候もなく、「将来的に脅威になりうる」という理由だけで攻撃すること、つまり英語でいう「Preventive Attack(予防攻撃)」は、国際的には殆ど認められていない。2003年に米国がイラクに対して軍事攻撃を行った時にこの論理が一部使われたが、反対論も大きく、世界中の多くの国や国際法学者は、これを自衛権の発動として認めていない。

それは、個人の間でも、「相手(例えばAさん)が、私に対して殺意を持っているとずっと感じていた。だからAを事前に、予防するために殺害した」と言っても、そんなことは認められないのと同様である。

つまり、この「予防攻撃」の論理を認めてしまえば、世界中の戦争が正当化されてしまう。

もちろん、国際法は、全ての国が守るべき規範として作られていても、世界政府が存在しない今、それが破られることはあり得るし、破ってもすぐに裁かれない現実もある。

しかし、第二次世界大戦後、基本的には「予防攻撃」のような理由で、他国への軍事攻撃は認められないという規範・ルールを、多くの国が受け入れ、実際、そうした攻撃は極めて限られていた。(2022年のロシアによるウクライナ侵攻が世界的に批判を集めたのは、まさにそういったルールを真っ向から破った軍事侵攻だったからだ。)

予防攻撃による「体制転覆」の失敗の教訓

21世紀に入って、米国がイラクの体制転覆を目指し行った攻撃を「予防攻撃」として正当化しようとする動きはあったが、これは他の国は是認しなかった。またその後イラクが、何度も内戦を繰り返し、50万人以上のイラク人が犠牲となり、完全なカオス状態に陥ったことも、米国のイラク攻撃の失敗を世界に認識させた。

米国内でも、オバマ大統領は「イラク戦争は間違った理論に誘導された(misguided)戦争だった」と主張し当選し、トランプ大統領も「イラク戦争は大失敗だった」と一貫して主張している。

また2001年に米国はアフガニスタンに軍事介入して当時のタリバン政権を転覆させ、新たな国家作りを試みた。しかし泥沼の内戦になり、200兆円ものお金と、2300人以上の米兵の犠牲、25万人とも50万人ともいわれるアフガン人が戦争で死亡した末、2021年夏、米国軍の撤退と共に、タリバンが復権した。

この「アフガンやイラクへの体制転覆を目指した軍事介入は過ちだった」という認識が、米国がこの20年間、新たな軍事介入に慎重だった大きな理由になっている。

その意味では、イスラエルが今回、大義として打ち出す、「まだイランが作ってはいない核兵器が、将来作られるのを防ぐために、体制転覆をも目指し、先制攻撃を実行した」ことは、転覆後のイラン統治の青写真が全くイスラエルにないこともあわせ、極めてリスクが高い。

またこの論理を世界が認めてしまったら、世界中で、ある国が他国を攻撃することを認めることになってしまう。「あの国は将来、自国の脅威になるに違いない。だから攻撃した」と言うことは、いつでも可能だからだ。

米国の情報当局の判断と今後の対応

今年3月25日の米国の上院の委員会において、ギャバード国家情報長官は、「イランは核兵器を作ってはおらず、イランのハメネイ最高指導者は、2003年に停止した核兵器プログラムを再開することを容認していない」と明言している。

イランは、2015年に米国とイラン核合意を締結した後、ウラン濃縮を行うための遠心分離機をゼロにしていたが、2018年に第一次トランプ政権が核合意から一方的に離脱してイランへの制裁を始めたことを契機に、2020年以降、急速にその数を増やしてきた。それに伴い、60%濃縮ウランの貯蔵量も増やしてきた(90%以上になると核兵器製造が可能になると言われる)。

しかし、実際にそれを核兵器にする作業を始めているかというと、それはまだないというのが、米国の情報当局の判断であり、また、核施設の監視をする国際機関IAEAもその立場を取っている。

その意味では、とても「核兵器による脅威がImminent (喫緊)」だったとは言えず、イスラエルのイランへの攻撃は、実際には「予防攻撃」だと認められる。

さらに今年4月から、米国とイランが核合意に向けて直接対話を始め、6月15日には、6度目の直接協議が、オマーンで開催される予定だった。イスラエルのイランへの攻撃は、まさにその直前に行われ、このことによって、米国とイランの核協議も延期になったのである。

日本の対応とこれから

イスラエルがイランを攻撃した直後の6月13日、日本政府は外務大臣談話を出し、「米・イラン間の協議を始め、イランの核問題の平和的解決に向けた外交努力が継続している中、軍事的手段が用いられたことは到底許容できず、極めて遺憾であり、今回の行動を強く非難します。」とはっきりと、イスラエルの軍事行動を批判した。

このような批判の姿勢をはっきり打ち出したのは、G7では日本だけであり、そのことはグローバルサウスと呼ばれる「新興国・途上国」を中心に極めて高く評価されているはずだ。

ただ残念ながら、6月16日に始まったG7サミットの共同声明では、イスラエルの攻撃に対する明確な批判は出されなかった。ロシアのウクライナ侵攻を真っ向から批判してきたG7諸国が、イスラエルのイランへの先制攻撃を容認すれば、ガザの住民に対するイスラエルの激しい攻撃が続くこともあわせ、G7の「二重基準」への批判はさらに高まると予想される。

ただトランプ大統領は6月19日、「米国がイランへの軍事攻撃を行うかは2週間以内に決断する」と発表し、外交的解決に望みを繋いだ。また、イスラエルの攻撃後、米国のウィットコフ中東担当特使とイランのアラクチ外相が数回にわたり電話で協議していたことが報じられ、イラン側は「イスラエルが攻撃を止めれば、イランは核協議に柔軟な姿勢で対応する」と伝えていると報じられている。また6月20日、イギリス、フランス、ドイツの外相やEUの外交責任者とアラクチ外相がジュネーブで協議が行われることになった。

米国がイランへの攻撃を開始すれば、イランは国内政治的に報復せざるを得なくなり、もし中東地域の米軍基地などを攻撃すれば、それはさらなる米国のイラン攻撃に繋がり、中東全体が先の見えない戦火の拡大に覆われるリスクがある。それは米国の利益にもならない。

日本は長年、イランとの友好関係を保ってきた。その信頼関係を活かし、イランに対しても米国との核協議に応じ、大枠でよいから早急に合意を目指し、そのことでイスラエルの攻撃が停止されるよう働きかけると同時に、米国に対しても、イランへの攻撃を押しとどまるよう、できる限りの外交努力をすべきと考える。日本は石油の輸入の95%近くを中東地域に依存しており、この地域の平和と安定は日本人の生活に直結するからだ。

また長期的には、今回の外務大臣談話の基本的な方針を変えず、G7とも付き合いつつ、経済的にも政治的にも力を増している「新興国・途上国」との連携を強化し、第二次世界大戦以後の世界の平和を曲がりなりにも維持してきた原則・ルールをこれからも守るよう世界全体に訴えていくことが、日本自体の今後の平和を守る意味でも重要だと考える。