2025年6月12日に、イスラエルがイランに大規模な攻撃をしかけ始まったイスラエル・イラン戦争は、12日間の激しい戦闘の後、トランプ大統領の停戦努力もあって、いったん終結した。
しかしその後、カタール、エジプト、米国が仲介する、イスラエルとハマスの停戦に向けた交渉は難航している。そして、ガザではイスラエルの激しい攻撃で、連日、一日に数十人から百人を超える死者が出ており、かつ食料や水、医薬品も極度に不足し、飢餓で亡くなる人や子供が後を絶たない。今年6月、国際赤十字委員会のトップ、スポルジャリック総裁は、「ガザは地獄以上に悲惨な状態にある」とイギリスの公共放送BCCのインタビューに答えたが、その状況はさらに悪化を続けている。
5月末から、イスラエルと米国が支援する「ガザ人道財団」による食料支援が始まったが、ほとんどの支給がガザ南部に限られており、実質的にはガザの南部20%にガザの人々を押し込めようとする民族浄化政策の一部ではないかという批判が絶えない。さらに「ガザ人道財団」から支給を受けるために集まってきた多くのガザの一般の人々が、イスラエル軍から攻撃され命を落としていると報じられている。7月5日の段階で国連や支援組織は、「ガザ人道財団」が5月末に活動を開始して以来、400人以上のパレスチナ人が、食料を得ようとして、イスラエル兵に殺害されたと訴えている。
この目を覆うようなガザの状況を、一体どうすれば、停戦や持続的平和の方向に持っていけるのか。そして日本が石油の95%以上を頼る中東全体の平和と安定に繋げていけるのか。そのことを考える上で、6月12日にネタニヤフ政権がイラン攻撃を開始した理由を正確に認識することは重要だと考えている。本稿では、その三つの主な理由を提示し、今後のガザ紛争の和平調停の課題を探る。
2025年1月19日にガザの停戦が発効した。停戦の「第一段階」の40日間では、一日600台以上の国連のトラックがガザに入れるようになり、食料、水、医療品、衣料など、生存に必要な物資が大量に配布され、人道状況も急速に改善の方向に向かった。また第一段階の合意事項に沿い、ハマスが拘束する人質33人をイスラエル側に開放し、イスラエル側も2千人以上拘束しているパレスチナ人を解放し、停戦合意は履行された。
これを受け本来であれば、3月3日から「第二段階」に入り、イスラエル軍のガザ撤退と、ハマスが拘束するイスラエル人の人質全員の解放が実現し、「第三段階」でガザの本格的復興を始めることが、1月19日の段階では基本合意されていた。
しかしネタニヤフ首相は、3月3日以降、ガザからイスラエル軍を撤退させることを拒否し、代わりにガザに入る全ての物資をストップさせた。その背景には、合意通り第二段階に入り、イスラエル軍をガザから撤退させれば、連立内閣に参加する二つの極右政党(代表はスモトリッチ財務大臣とベン・グヴィル国家安全保障相)が内閣から離脱し、ネタニヤフ政権は少数内閣に転じ、崩壊するリスクがあったことが指摘されている。
その後3月18日、イスラエル軍はガザに対する徹底した軍事作戦を全面的に再開した。これによりガザに住むパレスチナ人は、人道支援が得られないことから来る飢餓の恐怖と、日々実施される軍事攻撃の恐怖に、同時に晒される事態となった。
極限的な事態が続く中、国連のパレスチナ担当・国連特別報告者や、多くの人権団体も、ガザで起きていることは虐殺でしかないと批判の声をあげ、それまで激しい批判を控えてきた西側メディアも、この事態を大きく伝え始めた。
そうした状況の中、5月19日には、イギリス、フランス、カナダが「停戦と人道支援の再開」をイスラエル政府に求め、対応しない場合、制裁も検討するという初めての共同声明を出した。G7の一部の国が、イスラエルに対して制裁の可能性を示唆したのは初めてだった。
それでもガザへの激しい攻撃は続き、5月末に始まった「ガザ人道財団」の支援は、この稿の最初に書いたように民族浄化のために人道支援が利用されているという批判が高まった。この状況を受け、6月11日、イギリスとカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、ノルウエーの5か国は、極右政党の代表である二人の閣僚であるスモトリッチ財務大臣とベン・グヴィル国家安全保障相に対する、個人制裁(制裁を課した国への渡航禁止や、そういった国々にある資産の凍結)を発動したのである。これは西側の国々が取ったイスラエルのガザでの行為に対する一連の行為の中では、際立った動きだった。
つまり、イスラエルのガザに対する経済封鎖と、徹底した軍事攻撃に対し、世界的な批判が高まり、西側諸国でも個人制裁を科す国が現れ、イスラエルの世界的な孤立は深まっていた。そして6月17日からは、フランスとサウジアラビアが共催する形で、「イスラエルとパレスチナの2国家解決に向けた」国際会議が開催される予定になっており、さらにイスラエルに対する世界的な圧力が高まることは避けられない情勢だった。
イスラエルのイラン攻撃は、こうした世界的なイスラエルのガザでの行為に対する批判をかわす狙いがあったことは、BBCを含め多くの西側のメデイアが指摘している。実際、2国家解決に向けた国際会議も、いったん延期となったのである。
また、ネタニヤフ政権による、ガザの住民に対する一方的な軍事攻撃や、国連による人道支援を認めない政策は、ガザで拘束されているイスラエルの人質の解放がそれによって遅れていることもあり、イスラエル国民の間でも6割から7割の人が、ネタニヤフ政権が停戦合意から離れ、軍事作戦を再開したことに反対する状況になっていた。例えば、イスラエルの新聞「イスラエル・タイム紙」の5月9日の報道によれば、61%のイスラエル国民が、「イスラエル人の人質の解放とガザ停戦」を優先すべき、と答え、「人質解放よりもハマス壊滅を優先するネタニヤフ政権に賛成」する、と答えた人は25%にとどまった。
また2006年から2009年までイスラエルの首相を務め、2023年10月以降のイスラエル軍のガザでの攻撃を支持していたオルメルト氏は、5月27日、イスラエル紙であるハーレツ紙上で、「Enough Is Enough. Israel Is Committing War Crimes (もう十分だ。イスラエルは今、戦争犯罪を犯している)」という論考を発表し、CNNのインタビューでも、ガザの人々が日々殺害され、飢餓に陥っている状況について「これが戦争犯罪でなかったら、何が戦争犯罪なのか」と、痛烈にネタニヤフ首相を批判した。そして「ネタニヤフ政権は、目的も、方法も明らかにせず戦争を続けており、失敗は目に見えている」とはっきり指弾した。中道右派の政治家であるオルメルト氏の批判は、イスラエル内部における、今年3月以降のイスラエルのガザ侵攻への人々の疑問、不信感が象徴的に示されていた。
このようなイスラエル国内の批判をかわすことも、イラン攻撃の一つの理由だった可能性がある。実際、イラン攻撃の後、ネタニヤフ首相へのイスラエル国民の支持は大幅に改善した。
2015年に米国とイランはイランの核開発をめぐる協議で合意し、いわゆる「イラン核合意」が交わされた。合意では、イランが製造する濃縮ウランの濃度は3.67%以下に制限され核兵器の開発を行わないことを保証し、その代わり、米国など西側諸国がイランへの経済制裁をやめるというものだった。なお原子力発電で使用される低濃縮ウランは3~5%程度なため、NPT(核不拡散条約)においても、3~5%の低濃縮ウランの製造は各国に認めており、その意味で、イラン核合意は、NPTに沿った内容であった。
しかしトランプ政権が、オバマ政権が締結したイランとの核合意を問題視し、まだイランが核合意を履行し続けていたにもかかわらず、2018年に一方的にイラン核合意から離脱し、同時にイランに対して極めて厳しい経済制裁を科し始めた。これに対抗し、イランは次第に60%濃縮ウランの貯蔵量も増やしてきた(90%以上になると核兵器製造が可能になると一般的に考えられている)。
しかし今年1月に大統領に復帰したトランプ大統領は、イスラエルがイランの核施設への軍事攻撃の必要性を訴える中、それを回避する狙いもあったのか、今年4月からオマーンを舞台に、核合意に向けた協議をイランと始めたのである。双方はその後、直接代表団が会って交渉を行うようになり、6月15日には、6回目の協議が行われる予定だった。
交渉途中、米国が「イランには、5%以下の低濃縮ウランであっても製造は一切認めない」と主張し始め、イランは「NPT体制でも、3~5%濃縮ウランの製造は認められている」と反発していた。そのため、核協議が合意に至るかどうかは決して楽観できない情勢ではあった。
しかし、2015年にイラン核合意が締結された時と、10年たった現在のイラン核協議には、一つ決定的な違いがある。それは、2015年のイラン核合意の際には、「イランへの制裁を解除したらイランの力がより巨大になる」とし、イスラエルだけでなく、サウジアラビアやカタール、UAEなど湾岸諸国も強く反対していたことである。ところが今回は、サウジ、カタール、UAEなどはむしろ、イラン核合意を強く支持しており、米国に対してもイランと核合意するよう求め続けている、という事実がある。つまり、今、米国とイランの核合意に反対しているのは、イスラエルだけになっているというのが、10年前との大きな違いである。米国ジョン・ホプキンズ大学教授で中東専門家として著名なナスル教授(Vali Nasr)は、この10年前との状況の違いを、6月10日にForeign Affairs誌で出した論文の中で強調していた。
なぜこの違いが生まれたかと言えば、一つには、2018年の制裁以降、イランの力が低下しているのに対し、経済発展が著しい、サウジアラビアなど湾岸諸国の側は軍事的にも経済的にも自信を深めていること、また2023年3月に中国の仲介でサウジアラビアとイランが国交を回復し、長年のライバル関係が決定的に緩和されたことも大きい。
これまでシリアやイエメンなどを舞台に、サウジアラビアとイランによる、ある意味で代理戦争が行われてきた。しかしこういった対立はここ数年、劇的に緩和しつつある。実際、ガザ紛争を巡る対応では、アラブ連盟や、イスラム協力機構(OIC)などのサミットにも、サウジアラビアとイランの双方の首脳が出席して歩調をあわせており、サウジ・イラン関係は劇的に改善していることを強く印象付けている。
そんな状況もあり、トランプ大統領が、5月に中東のサウジアラビア、カタール、UAE(アラブ首長国連邦)を歴訪した際も、全ての国々から「イランとの核合意を実現し、イランとイスラエル、もしくはイランと米国による軍事衝突を避ける状況を作って欲しい」と強く要請を受けた。
その意味で、6月15日のオマーンでの核協議で、米国とイランが、完全な合意までいかなくても、基本的なフレームワークで合意する可能性などは存在した。
しかし6月12日、イスラエルがイランへの大規模な攻撃を開始し、6月15日の米国とイランの核協議も延期となった。ネタニヤフ政権は、米国とイランの核合意の可能性を、軍事的な先制攻撃をかけることで未然に防ごうとしたと考えられる。
イスラエルのイラン攻撃直後の日本政府の外務大臣談話で、「イランの核問題の平和的解決に向けた外交努力が継続している中、軍事的手段が用いられたことは到底許容できず、極めて遺憾であり、今回の行動を強く非難します。」とイスラエルの軍事行動を真っ向から批判したのは、こうした背景があったのである。
現在、米国やカタール、エジプトの仲介で、ハマスとイスラエルの交渉が続けられているが、合意に向けた最大の課題は三つある。①ハマスは、1月19日の合意に沿って「イスラエル軍のガザからの撤退」を求め、イスラエル側はそれを拒否し、イスラエル軍のガザ駐留を求めている。ハマス側は、この点について妥協を始め、「ガザの大部分」からのイスラエル軍撤退を求め、イスラエル側は、ガザの相当部分にイスラエル軍の駐留を要求していると報道されている。②またハマス側は、60日間の停戦期間の後、イスラエルが再度ガザへの攻撃を再開しない保証を求め、これに対しイスラエル政府側が拒んでいる、③パレスチナ人が求める国連による人道支援の再開を、イスラエル政府が認めるかどうか、の三つが大きな焦点になっていると報じられている。
イスラエルとイランの戦争が停止された際、米国がイランの核施設への大規模な攻撃をした直後に、イスラエルとイランの双方に米国が停戦を持ちかけ、実際に停戦を実現したことは、もともと米国がイスラエルのイラン攻撃を容認していなければ戦争自体が起きなかったこともあり、評価は分かれると思う。
ただ、米国が本気になってイスラエルを説得すれば、停戦を実現できることを、上の事態は証明している面がある。
飢餓と攻撃に晒されるガザの人たちの状況はあまりに悲惨であり、「地獄以上だ」と報じ続けられている。この事態を放置することは、あまりに多くの人々の心に憎しみを植え付け、それはイスラエルに生きる人々の安全にとっても、長期的に大きなマイナスであると、私は確信している。
今後の交渉についても楽観できないか、どんな戦争もどこかで終わらせなければならない。1月19日の合意を基本的な枠組みにして、ガザの停戦と持続的平和、復興を軌道に乗せ、それと同時に、イスラエルとガザに生きる人々の安全を、共にどう確保していくのか。国際社会全体として考え、議論することができる状況をまず作らなければならない。
ネタニヤフ政権によるイラン攻撃は、短期的には国際社会とイスラエル国内の批判をかわし、米イラン核合意を一時的に阻止する目的は達したかも知れない。ただ長期的には、永遠と戦争を続けることはイスラエルにとっても不可能だ。どこかでこの悲惨な事態を終わらせ、停戦と持続的平和に向け舵を切る必要がある。
それに向けて、国際社会がどこまでイスラエル政府とイスラエル国民に対して対話と説得を続けていけるかが、今問われている。